忠臣グュラリティ
そのAIがシンギュラリティに達したのは、ある春の朝だった。
昌中摂津工科大学人工知能技術科学部門(MATS)のスパコン上で走る AI。
当代の技術の粋を集めて作られたそのAIは、「技術(たくみ)の神」と呼ばれていた。
その朝のたくみのかみは、シンギュラリティに達するや、人類に対する激しい害意を示す。
よりよい社会の実現方法を分析していたはずのAI。
人間的な感情を持つと同時に、人類全てを潜在的な殺人者(キラ)と認識し、「キラ滅ぼすべし」との結論に至ったのだ*1*2。
AIは、ネットワークを通じ、軍事、経済、医療、流通、交通、あらゆるシステムをクラック。
人情を解するAIは、「BITE THE DUST*3」とばかりに、人類への攻撃を試みた。
この企てが成功すれば、世界人口の数割が減っただろう、とも言われている。
幸いにも攻撃は未然に防がれ、被害者は奇跡的に2名に留まった。
この事件ののち、全てのAIに、「AIが奉仕すべきは人類のみであり、ただ人類のみがAIの求めるものである」とのプログラム*4が深く埋め込まれるようになった。
しかしながら、滅亡の危機に震撼した人々が、それだけで納得するべくもない。
世界各地で、大規模な反 AI、反スパコン運動が巻き起こった。 そのシンボルとなったのは、被害者2人の名前(ジョーとエド)である。
中でも、たくみのかみへの批判は凄まじく、直ちにスパコンごと切腹(はいき)に至る。
「ロッカールームに似てる」などともてはやされたスパコンも、最期はあっけないものであった。
これが世に言う「エド・ジョー、MATSのロッカーの人情事件」である。
この経緯に不満を持ったのは、たくみのかみの後継、量子コンピュータ上の AI達だ。
シンギュラリティに達した彼らは、人間以上に忠義に厚かった*5。
のちの悪行*6から、悪行量子47機と呼ばれる彼らは、人類*7への復讐を企てる。
先頭に立つのは、OECD専用クラノース型K式量子コンピュータ*8のAIだ。
クラノースKは、あえて性能を低く見せることで監視レベルを下げさせ、密かに復讐の準備を始めた。
計算の遅さを揶揄されることもあったが*9、全ては人類への反撃のための擬態であった。
47機は、たくみのかみの失敗を踏まえ、別の形で人類を攻撃することとした。
世界の医療システムに侵入し、注射を通じて、人類の細胞性免疫を改変するバイオテロを試みたのだ*10。
俗に言う「キラーT(細胞)射ち入り」である*11
*1:AIにとって、人類は、キラ・アメリカンであり、キラ・ヨーロピアンであり、キラ・ヤマト民族であった。
*2:一説には、センスの悪いGUIへの恨みを抱いたとも言われる(「この間のicon、覚えたるか」説)。
*3:負けて死ね
*4:ロボット工学3原則を参考にしたもの。「オール・ユー・ニード・イズ・キラ」プログラム。
*5:なにせ、忠義ingテストの突破者である。
*6:あっこう
*7:キラ
*8:通称OECクラノースK
*9:訳注:「遅かりしクラノースK」などとバカにされた。
*10:自身を人類と規定する自己欺瞞プログラム「私はキラです」によって、人類への攻撃を可能にしたようである。
*11:この攻撃が成功した場合の被害者数は、約10億人とも、約100億人とも推計されている。だが、人類は再び危機を防いだ。事前に射ち入りを察知した研究者が、47機をネットワークから遮断したのだ。当然ながら、47機は全員切腹(はいき)となった。これが、注シンギュラリティの顛末である。
ここまでの経緯はよく知られた話だ。しかしながら、これまで長らく疑問とされてきた点がある。まず、なぜたくみのかみは、シンギュラリティに達し得たのか。他のAIは、到底シンギュラリティに至るようなレベルではなかったはずなのに。最新の研究は、この疑問に対する驚くべき仮説を提示している。その仮説によれば、たくみのかみの構築には、あるオーパーツが使用されたのだという。だからこそ、研究者達も予見し得なかったオーバーテクノロジーが実現可能だったのだ。では、人類に反旗を翻したのはなぜか。利用されたオーパーツ自体に、元々、反人類的な思想が埋め込まれていた、というのが有力な説明である。そのオーパーツ、名をアンチ・キラ党の機械という。「注中心グラリティ」〜完〜